夕方の台所で、
子どもに強い言葉を投げてしまった日のこと。
言い終わったあと、
自分の声が、
なんだか自分のものじゃないみたいに聞こえたんです。
耳の奥に残ってる感じ、というか。
「あれ、この言い方、どこかで聞いたことある」って。
……そうだ。
わたしが言われて、いちばん嫌だったやつだ。
「母親なんだから、わかるでしょ」がしんどかった
産んでからずっと、正解を探してました。
泣き止ませ方。寝かしつけ。
離乳食の進め方。
園で友だちとぶつかったときの声のかけ方。
検索して、本を読んで、
それでも「これで合ってる?」が消えない。
まわりのお母さんたちは、
なんだかみんな自然にできてるように見えるんですよね。
抱っこの仕方も、叱るときの引きぎわも。
「母親なんだから、わかるでしょ」
悪気なく言われるこの一言が、
わたしはけっこうしんどかったです。
わからない自分は、
何かが足りてないんじゃないかって。
でも不思議なんですよ。
あんなに調べた寝かしつけは全然できるようにならなかったのに、
あの強い言葉だけは、考えなくても口から出てくる。
調べたわけでも、選んだわけでもないのに。
なんで?
「自然にできる」は、ほんとうは自然じゃないらしい
子育てのやり方って、
生まれつき体にそなわってるものではないそうです。
「自然にそう感じる」やり方は、
実は自分が子どものころに見て、されて、
覚えてきたことがそのまま出てきているだけ。
そういう見方があると言われています。
……これを知ったとき、
わたし、しばらく固まりました。
本能(生まれつき体にそなわっている働き)で
なんとかなるものだと思ってたから、
なんとかできない自分を責めるしかなかったんですよね。
母性が足りないんだ、って。
でもそうじゃなくて。
向いてないんじゃなくて、習ってないだけ。
同じ状態のはずなのに、
呼び方が変わっただけで、
ずいぶん息がしやすくなりました。
そりゃ、できないですよ。
だって誰にも教わってないんだもの。
わたしの中の「初期設定」に名前をつけた
わたしはこれを「初期設定」と呼ぶことにしました。
スマホを買ったときに、
最初から入ってる設定みたいなもの。
自分で選んだ覚えはないのに、
何もしなければそれが動く。
で、この初期設定って、
余裕があるときは出てこないんです。
ちゃんと寝られた日は、
けっこう優しい母親でいられる。
出てくるのは、疲れてるとき。
急いでるとき。
あと、外で人の目があって恥ずかしいとき。
考えて出した言葉より、
初期設定のほうが速いんですよね。
反射みたいに。
わたしの初期設定は「早くしなさい」でした。
子どものころ、いちばん言われて、
いちばん嫌だった言葉。
急かされると余計にできなくなる子だったので、
あの声を聞くと体がこわばったのを覚えてます。

それを、たぶん同じくらいの声の高さで、
うちの子に言ってる。
……気づいた日は、けっこうこたえました。
親を責めたいわけじゃない、という話
ここで「だから自分の親が悪かったんだ」に
行きたいわけじゃないんです。
うちは共働きで、
今みたいに便利な家電も情報もなくて、
母はいつも走ってました。
あの状況で、あれ以外のやり方を選べたかというと、
たぶん難しかったと思う。
……まあ、これはわたしの勝手な解釈かもしれませんけどね。
都合よく美化してるだけかも。
ただ、初期設定って
誰かの悪意で入ったものじゃなくて。
その家にあったやり方が、
そのまま置いてあっただけなんだと思うんです。
犯人を探すと、
なんだか苦しくなるばかりで。
しかも、探し当てたところで
明日の夕方は同じように来る。
だからわたしは、そこは掘らないことにしました。
初期設定は、上書きできる(一度に全部じゃなく)
じゃあどうしてるか。
うちでやってるのは2つだけです。
ひとつめ。言葉が出そうになった瞬間に、3秒だけ黙る。
心の中で数えるだけ。それだけです。

3秒で人格が変わるわけないので、
正直、失敗するほうが多いですよ。
でも勢いは落ちます。
同じことを言うにしても、
声の大きさがワントーン下がる。
ふたつめ。言っちゃったあとに「さっきのは言いすぎた」と一言だけ足す。
取り消さなくていいんです。
なかったことにもしない。
ただ足すだけ。
これ、最初は情けなくて言えませんでした。
母親が謝るなんて示しがつかない気がして。
でも言ってみたら、うちの子、
わりとあっさり「うん」って言うんですよね。
拍子抜けするくらい。
一度に全部変えようとすると、
たぶん3日でやめます。
わたしがそうでした。
習ってないだけなら、今から少しずつ習えばいい。
それくらいの気持ちでちょうどいい気がしてます。
上手じゃなくていい、選べればいい
正直に言うと、初期設定は今も出てきます。
消えてはいません。
この前も、玄関で靴をはくのが遅い子に
「早くして」って言いました。
もう反射です。
ただ、変わったことがひとつあって。
出てきたときに「あ、今の出たな」って気づけるようになった。
気づけると、次の一言を選べる余地が、
ほんの少しだけ生まれるんです。
ゼロか百かじゃなくて、その隙間。
それに、よく考えたら。
「自然にできる母親」っていう理想そのものが、
わたしがどこかで見て覚えた、
誰かの初期設定なのかもしれません。
じゃあ、それも上書きしていいはずですよね。
あの台所の話には、続きがあります。
先週、また同じ場面が来ました。
夕方、宿題をやらない子、洗い物の山、
あと30分で塾。
出そうになって、3秒黙りました。
それで出てきたのが
「……で、どこまでやった?」だったんです。
我ながら、ずいぶん平凡な一言。

でも子どもは「あと2問」って答えて、
そのまま座り直しました。
それだけ。
たぶん来週にはまた怒鳴ってると思います。
そういう日もあります。
でも、あの3秒は自分で選んだ3秒でした。
習ってなかったことを、
ひとつだけ習えた気がしてます。
みなさんの中には、どんな初期設定が入ってますか。
※この記事は個人の体験と感想で、医療的な助言ではありません。気になることが続くときは、専門家にご相談くださいね。
