子どもがつまらなそうな顔をしていると、
なんだか自分が責められている気がする。
そんなこと、ありませんか?
先週末、家族で動物園に行きました。
前の晩に天気を3回チェックして、
混まない時間を調べて、
おやつと着替えとウェットティッシュを、
リュックにぎゅうぎゅう詰めて。
で、帰りの車。
下の子は「もっといたかった」とふくれて、
上の子は窓の外を見ながら
「……つまんなかった」。
家に着いたころには、
わたし、もう何もしたくなかったです。
……あんなに準備したのに、なんで?

気づけば「家族の幸せ係」になっていた
思い返すと、毎日こうなんです。
雨の日の予定。おやつ。
きょうだいげんかの仲裁。明日の持ち物。
転ばないように、がっかりしないように、
先回り、先回り。
子どもが不機嫌だと、
「わたしのやり方が悪かったのかな」って思ってしまう。
だから次は、
もっとちゃんと整えようとする。
それって愛情でしょ、って自分でも思ってます。
実際そうだと思う。
でもこの係、
仕事が終わらないんですよね。
条件がひとつ崩れるたびに、
「また失敗した」がひとつ増える。
こんなにやってるのに、
どうしてうちは“楽しい家”にならないんだろう。
“幸せ”と“うれしい”は、ちょっと別のものらしい
最近、ちょっとはっとした考え方があって。
幸せ=「条件がそろって、
困りごとがない、楽な状態」。
うれしい(喜び)=「条件がなくても、
ふっと起こる一瞬」。
この2つは別もの、
という見方があるそうなんです。
幸せを「ちゃんとやった人がもらえるごほうび」
みたいに考えると、
親はずっと、条件をそろえる係を
やり続けることになる。
天気、混雑、おやつ、機嫌。
そろうまで、ずっと。
……それ、まさにわたしでした。
しかも子どもって、
うれしいの見つけ方をちゃんと知ってるんですよね。
石を3つ並べるだけで30分遊べるし、
同じ変顔で10回笑える。
忘れてたのは、大人のほうだったのかも。
先回りをやめると、子どもは少し困る。それでいいのかも
子育てには
「その場を収める子育て」と
「長い目で見る子育て」がある、と言われています。
すぐ機嫌を直す、がっかりさせない。
それはその場ではすごく助かる。
でも、困ったことに自分で向き合う練習の機会は、
そのぶん減っちゃうこともあるんだとか。
とはいえ、いきなり全部やめるのは怖いです。
わたしも無理でした。
だから、一日ひとつだけ。
この前の雨の土曜、
公園に行けなくて、
下の子が「つまんない」を5回くらい言ったんです。
いつもなら、
すぐに工作キットかおやつを出してる場面。
その日は、洗濯物をたたみながら
「そっかー、つまんないね」とだけ言って、
放っておきました。
10分後。
リビングで、段ボールをガムテープでつなげて、
「おうち」を作ってたんです。
わたし、何も言ってないのに。

“うれしい”を邪魔していたのは、わたしの中のもやもやだった
もうひとつ、気づいたことがあって。
「わたしばっかり」
「誰も気づいてくれない」。
こういう、割に合わないなぁって気持ちが積もってると、
目の前のうれしい瞬間が
見えにくくなることがある、と言われています。
……心当たり、ありすぎました。
子どもが変な歌を歌ってても、
「それより早くお風呂入って」しか出てこない日。
そこで、やってみたことがひとつ。
そのもやもやが
「わたしから何を奪ってるか」を、
紙に1行だけ書く。
わたしの1行目は、
「子どもの冗談に、笑う余裕」でした。
誰かを責めるためじゃなくて、
気持ちに名前をつけるだけ。
それだけで、ちょっと肩がゆるんだ気がします。
夜、ひとつだけ“うれしかった瞬間”を数える
一日の終わりって、
なぜか嫌だったことばかり思い出しませんか?
朝の着替えでもめた。
夕飯でけんかした。
寝る前に怒鳴っちゃった。
で、「今日はダメな日だった」で布団に入る。
わたし、ずっとこれでした。
最近は、寝る前に
ひとつだけ思い出すようにしています。
子どもが笑った。
くっついてきた。
ただ元気そうだった。
ほんとに小さいことでいいんです。
大事なのは、
つらかったことを“なかったこと”にしないこと。
けんかもあった。
でも、うれしいもあった。
その両方がある日、と数え直すだけ。

子どもに聞くときも、
「今日楽しかった?」より
「今日、どんな気持ちだった?」のほうが、
ぽろっと話してくれる気がします。
今日は“幸せ係”をお休みしてみる
きれいごとに聞こえるかもしれませんが。
あの動物園の話には、続きがあって。
夕飯のとき、子どもたちに
「動物園、何がいちばんおもしろかった?」って聞いたんです。
返ってきた答えは、
キリンでもゾウでもなく。
「自販機で、ママがボタン押しまちがえて、
変なお茶が出てきたとこ!」
……計画には、1ミリも入ってなかった一瞬でした。
うれしいって、作るものじゃなくて、
拾うものなのかもしれません。
だから、全部やめなくていいんです。
先回りする日があっても大丈夫。
朝のうちに
「今日はひとつ、手を出さずに見守る」。
夜に
「うれしかった瞬間を、ひとつ数える」。
うちの場合は、
それだけで、少し軽くなりました。
みなさんの今日の“うれしい”は、
どんな一瞬でしたか?
※この記事は個人の体験と感想で、医療的・心理的な助言ではありません。気持ちのつらさが続くときは、ひとりで抱えず、身近な人や専門家に相談してみてくださいね。
